オナ 筋タロウのオナ禁ブログ

オナ禁によって人生を変えたく奮闘する41歳独身男の生活を赤裸々にさらけ出す奮闘日記だ!良かったら読んでくれ!

105日目、深い洞察で真理を探る

105日目
8時半起床

白湯を飲み、10分瞑想


そのまま布団で読書をし、また少し寝た


11時前に起きジムで筋トレ(脚、二頭、ベンチプレス少々)


その後ヨガレッスンをやり、帰りにラーメンを食べたくなったのでラーメンとチャーハンを食べてから帰宅し、ダンス関係の事務作業を終わらせて、確定申告のための雑務をやった

 

さてひと段落した所で昨日ブログに書いた、この世はプログラムされているんじゃないか説について詳しく書いていこうと思う


僕はこの世はプログラムで出来ているという説があって、結構それを信じていて、本能とか感情もこんな時はどんな反応をするかとかあらかじめプログラムされているんじゃないかと推測する


そこでこんな考えが浮かぶ


例えばオナ禁関連の本能で言えばエロだが、女性と交わりたい、セックスがしたいと思うこと自体プログラムをされていて、そういう本能に突き動かされるという事は、仮にプログラムをしている人がいたら、そいつの思うツボだ


だから自分の感情や欲望を俯瞰的、客観的に観察し、振り回されないようにすることが自分の内側にある真の目的、真理に到達するんじゃないかと考察する(オナ禁はこれに近いと僕は思う)


そしてこれは瞑想によって欲望や感情をコントロールし、涅槃(ニルバーナ)つまり悟りを開くというのと酷似している


僕らがプログラムされていて、仮想現実やバーチャルの世界にいるんじゃないかと言うのは馬鹿げてると思う人もいると思う


でも僕は結構プログラム説はあり得る話だと思う


理由としては量子物理学の本に、ひも理論と言うのがあるが、そういうのも含めて僕は世界はプログラムされて出来たんじゃないか説は、かなり有力なんじゃないかと感じているし、説明がつかないことでも、プログラムされていると仮定すると辻褄が合うことがある


このひも理論、簡単に言うと自分の周りにある物質は見ているときは物質化するが、見ていない時は、ひものようにふにゃふにゃしていて実体のないものに変化する、という実験結果からこの理論が出来た


これはゲームの世界と同じで、例えばドラゴンクエストで、ある村に入ったとする


この場面をAとしよう、そして別の村に移動したとして、そこをBとしよう


AからBに移った場合、当然画面もAからBに切り替わる、そうするとAはその時どうなっている?


ゲーム内ではBの画面に変わった時、Aという空間はプログラムが解かれて存在してないよね、だってBにいるのにAのプログラムも使ってたら見えないのに容量のムダだと思うよね
  

じゃあ現実の世界だったらどうかな?


ゲームだったら写ってない場面は存在してないので、またAの場面に戻ればプログラムされたAの画面が戻るだろう、でもBにいる間はAという空間はプログラムを一旦消してる訳だから、そこには存在していないと

でも現実であれば、どんな時でもAもBもずっとそこに存在している


ほとんどの人がこんな判断をすると思う


しかし本当は現実世界でも自分がBにいる時はAという空間はなくなり、ひもみたいに実態のないものになり、またA に戻るとそのひもみたいな電子?が物質化してAという空間を作る  


要するに、見ている世界だけが物質化していて、見ていない所は全て実態のない世界が広がっている


こうゆう考え方がひも理論だ

 

そう、量子論の中の1つ、ひも理論はこのゲームの中の常識が、現実に起こっていることを証明しているんだ、要するに僕達が現実だと思っているこの世界も、ゲームの世界と同じカラクリだということを証明していることにならないか?


ぜひ皆さんも、量子に関する文献を読んでみてくれ


量子論でググればすぐに出てくる


あともちろん21 レッスンも読むことをお勧めする


それから瞑想だ


もし仮にこの世がプログラムの世界であれば、瞑想は、プログラムされている行動パターンや考え方、欲望、感情等をすり抜け、そのプログラムした人?もしくは創造主?のような存在の意思や考え、つまりこの世のからくり、真理に迫っていく行為なんじゃないかなと思う


僕はこの世のカラクリが知りたいと小さな頃から思っていた


そのために瞑想が必要なんだと最近特に思うので、ほぼ毎日やっている


少しでも感情をコントロールして、内側にある真の答えに近づきたいからだ


そんな時は来るのかわからないが、とりあえず続けていくつもりだ


なんだか話がまたまた壮大になってしまったが、このブログはオナ禁日記である   


オナ禁と一切関係ないと思った人もいるだろう


でもこの深い洞察と、それをここまで文章にしようというエネルギーは、間違いなくオナ禁による僕自身の変化の影響はかなりあると思う


オナ禁万歳!


ではまた